『 月の光
― moon light sonata ― (1) ― 』
リッ ・・・・! パタン。 ・・・・・・・・
張り切って金切り声を上げよう! と口を開けた途端 目覚まし時計は どん、と倒されてしまった。
たった今まで く〜く〜 最高に気持ちよさそうに寝入っていた人物の腕が伸びてきて
みごとに伸されてしまったのだ。
「 ・・・ う〜〜〜 ・・・・ ううう ・・・・ 」
その腕の持ち主はぬくぬくと暖かいベッドの中でしばし辛吟している。
「 ・・・ あと30分 ・・・ いや10分〜〜 いいや! 5分でいい〜〜〜
もうちょっと眠らせてくれえ ・・・・ 」
ぶつぶつ呻いていたが ついに意を決し ― えいや! とベッドから転げ落ち ・・・
ではなく、元気に飛び出した。
「 ・・・ う〜〜〜 ねむ ・・・ って よし! 庭の水道で顔、洗って〜〜 」
さささ・・・っとジャージーの上下にウィンド・ブレイカーを被り スポーツ・タオルを首に巻くと
彼は 足音を偲ばせ部屋から出、階下に降りて玄関のドアから滑りでた。
きん ・・・! 冷気が一斉に襲い掛かってきた!
「 ふぁ〜〜〜 ・・・寒〜〜〜 ここいらでこんな気温は珍しいよなあ・・・ 」
は〜〜〜っと息を吐けば それは白い煙となってかんかんに晴れ上がった空の立ち昇ってゆく。
「 うう ・・・ さむ ・・・ ! よし 行くぞ〜〜〜 !!! 」
キ ・・・ 門を開ければほんのわずかな音を後ろに聞いて ・・・
青年は走りだした。 当面、見渡す限りアヤシゲな不審車 やら わざわざナンバープレイトを
隠した車は見当らない。
よっし・・・! いっきますぅ 〜〜
家の前の急坂をとろとろと駆け下り 国道を渡った辺りから 彼はスピード・アップした!
「 ふっ ふっ ふっ 〜〜〜〜〜 ! 」
文字通り 足取りも軽く。 青年は颯爽として走り出した。
ふ〜〜〜ん ・・・? いい空気だなあ〜〜
お日様〜〜〜 お早うございます〜〜 今日もヨロシク !
はっ はっ はっ ・・・ 国道から逸れて海岸へと向かう道をゆく。
ほとんど利用されていないし、未舗装なので草ぼうぼうな獣道・・・にちかい。
「 わっせ わっせ〜〜 っと〜〜 」
ガシガシと登りきると海岸線にそった田舎道にでる。
ここは大昔の街道筋とかで ともかくふる〜〜〜くからの生活道路でもあるらしい。
一応舗装はしてあるが 海風や雨の浸食により劣化も甚だしい。
さ〜て ・・・すこしスピード、 落とすか ・・・
ジョギングするヒトもいるしなあ
あ 自転車通学の中坊とかも通るかもしれないよな〜
はっ はっ はっ ・・・ だんだと青年の速度は ごく普通 になってゆく。
「 う〜〜ん ・・・・ 気持ちいい〜〜〜 ははは もう熱くなってきた〜〜〜 」
彼は首に巻いていたタオルを取り ウィンド・ブレーカーを脱いだ。
「 ふぅ 〜〜〜〜 ・・・ あ〜〜〜 さっぱり♪ おし。 」
ウィンド・ブレーカーを腰に巻きつけると 彼はまた走りだす。
「 わっせ わっせ 〜〜〜 ・・・・ あ あの農家でトマトとキュウリ、買って帰ろっと〜 」
青年は淡々と海岸線に沿って走ってゆく。
やっぱさあ ・・・ 自分自身の力で走るって いいなあ〜〜〜〜
そりゃ 加速装置 は便利さ。 使い方によっては武器替わりになるさ。
けど。 こう〜〜〜 二本の脚でぺたぺた走るのも
そうそう捨てたモンじゃないもんな ・・・
鄙びた道を 彼は走る ― 潮騒だけが毎朝の彼の姿を知っている。
西の空には 細い細い月が眠りにつこうとしていた。
あの邸に住むようになって 初めて新しい年を迎えた。
彼 ― 島村ジョー にとっては この・・・機械仕掛けの身体となり 全く別の人生を
歩むこととなって初めての正月を過したわけだ。
・・・ と いっても 大変に穏やかで静かな新年だった。
彼の仲間達の多くは故国に戻ったり この国で商売を始めたりそれぞれの道を進み始めている。
クリスマスこそ全員が集まってどんちゃん騒ぎ・・・まで行かずとも かなり大騒ぎをした。
そして また 来年・・・ と 故郷へと散っていった。
仲間達の中でこの国の民はジョーひとり、従って お正月 を特別視することもなかったのだ。
だから ジョーは新しい年は同じ屋根の下に暮らす3人と ひっそりと迎えた。
ちょっと淋しい気もしたが ・・・ それなりに楽しい。
今 岬の突端の邸に その3人と日々を過ごしている。
今後この国に拠点を置く、というギルモア博士とその研究パートナーでもある スーパー・ベビー。
そして 金髪碧眼のフランス人のオンナノコ。
― それが 今現在の彼、 島村ジョー の家族であり家庭なのだ。
「 はっ はっ はっ ふう〜〜 ・・・ 皆で騒いだクリスマスも楽しかったし。
博士やイワンやフランソワーズと一緒の まったりした静かな正月もよかったよなあ〜〜 」
彼は 走る。 一本の道を 淡々と。 無心に ・・・
「 博士とイワンは 日々研究に没頭しているし 故郷 ( くに ) に帰った皆も
それぞれの目標に驀進しているってカンジだったよなあ〜〜 」
彼は 走る。 足下に続く一筋の道を 悠々と。 無心に ・・・
「 張大人だってさ〜〜 凄いよなあ ・・・ 異国で店開いてって ・・・凄いよ〜
グレートもさ〜 役者で脚本家なんてぼくとは別世界のヒトだよ〜〜
フランソワーズだってもさ〜〜 日々 自分の目標に邁進、だしたなア・・・ 」
彼は ぴたり、と脚を止めた。 彼の前には道が続く。
この道は どこに続くのだろう ― そして自分自身の進むべき 道 は。 行き先 は。
ぼく は。 なにをやっている のかな ・・・?
ぼく が。 やりたい事って ・・・なに??
ただでさえ進路や将来に対して暗中模索の年頃であるのに 彼の場合は突然もっともっと
フクザツ・・というか超〜〜〜特殊な状況に放り込まれてしまったのだ。
繊細、 いや はっきり言って気の弱いヤツであったら 悩み死?するかもしれない。
それでなくても思春期後期、 悩みは深刻だ。
「 う〜ん ・・・ いろいろあるけど。 でも! 今のぼくのモンダイは! 」
― そう。 この茶髪ボウヤの現在のイチバンの関心事は ・・・
ぼく 彼女に相応しいオトコになれる かな
なのだった・・・!
己の将来やら 世界の平和? ひいては人類の幸福 ・・・ なんてコトには考えも及ばず
彼の心はただひたすら ・・・ たったひとつのことに向けられていたのだ。
( そう ・・・ 彼は精神的には まだ <サイボーグ 009 > じゃなかったのだ・・・ )
島村ジョー君の現在の興味は ただ一点に集中〜〜 ― あの・金髪碧眼のパリジェンヌ ・・・
フランソワーズ ・ アルヌールさん なのだ。
「 だってさ ・・・ あの時 ・・・ ぼくの目に入ったのは彼女の顔だけ だったんだもん。
なんだか回りにムサイおっさん やら 白衣のジジイどもがわらわらいたけど さ ・・・
そんなもん、全然気がつかなかったし。 」
あの時 ― そう、いたいけな島村少年 が 悪の帝王?BGに改造されてしまった時!である。
フツーなら 卒倒モノの瞬間、 彼の目に映っていたのは アルヌールさんの顔 のみ。
これはもう誰がなんと言おうとも 一目惚れ 以外の何物でもあるまい。
フ〜〜〜〜〜〜 ・・・・ 吐息とも深呼吸ともとれる大息を吐いて彼は空を眺めた。
冬晴れの真っ青な空に 海鳥がつい・・・・っと低く飛ぶ。
たっ たっ たっ ・・・ 彼は再び走り始めた。
「 ・・・ふう ・・・ まずは自分自身をばっちり決めておかなくちゃな〜〜〜
う うん! 頑張る。 それまでどうか ・・・ あの家にいてください フランソワーズ・・・! 」
ようし ・・・ と 彼は再びダッシュした。
河原の道は土気が多くもうもうと砂ホコリが舞う。
「 うわあ〜〜・・・ 加速装置〜〜 じゃなくてこれなら煙のワザ? で隠れるかな〜
うわっぷ ・・・ とにかく今は。 畑までいって新鮮な野菜を買ってくる!
おい 島村ジョー? いま それがきみ自身の存在理由から最高の結果を
つれてきてくれる さ ・・・ 彼女のウケに影響 大! ってことだよね、 たぶん。 」
さあ ゆくぞ〜〜 っと 彼はあっという間に遠ざかっていった。
恋は オールマイティ なのであ〜〜る♪
― さて。 その恋のお相手さんの方は ・・・
「 わあ〜〜〜 もう なんだってこんな日に遅れるのよ〜〜〜 」
ゴソゴソゴソ〜〜〜 ばさばさばさ ・・・ きばっ!。
彼女は大慌てで大きなバッグを抱えなおすと ~〜〜 猛然とダッシュをして、
改札口をスルーしていった。
「 え〜〜〜い ! く〜〜〜 ここで階段イッキなのよねえ〜〜〜 」
なんだってエスカレーターがないの!? と悪態をつきつつ ( これは母国語でぶつぶつ
言ったので周囲の人々には理解不能 ) 彼女は一段おきに階段を駆け登った。
「 ううう〜〜〜 稽古着を着てきたってことが唯一の救い よね〜〜
よ〜し かそくそ〜〜〜ち!!!! 」
え? なに?? 一瞬 現場周辺は騒然となった。
ガイジンの美少女が 明快な日本語をひと言大きく叫んだ、と思うと彼女はも〜れつな勢いで
走り去ったのであった。
「 ・・・ ひえ〜〜〜 ・・・さいぼーぐってホントにいるんだ ・・・ 」
「 ウソ ・・・・!? だってかそくそうち は 009 じゃん? 」
「 いきてて よかった ・・・ 」
多少のヲタを含め人々に驚異のつぶやきを後に 彼女の姿はたちまち視界から消えた。
タタタタタ −−−−− ・・・・! ガチャン バタン! ドン ・・・!
「 お おはよう ございます〜〜〜〜う ! 」
「 あ おはよう〜〜 早くしなよ〜 」
「 おはよ〜〜 もう始まるよ〜 お先〜〜 」
「 きゃあ〜〜 急がなくちゃ! 」
彼女 ― フランソワーズ・アルヌール嬢は ぎりぎりタイムに更衣室に飛び込み ざざざ・・・っと
着替えて 更衣室から飛び出した。
何処へ ? ・・・・ 稽古場へ!
崖っ縁の洋館に住むこととなり 少しづつ < 新しい世界 > に慣れてきた。
ひとつ屋根の下に暮らす < 仲間 > の 老人と赤ん坊、そして 茶髪の青年は
気持ちのよい人々だった。
特に この国出身だという彼は、事情に疎い彼女達に代わってあれこれ・・・活動している。
「 博士〜〜 フランソワーズさ〜ん 買い物に行ってきますから・・・
なにかご入用なもの、ありますか。 」
彼はにこにこ顔で リビングに入ってきた。
「 おお ジョー ・・・ ありがとう。 そうさなあ ・・・ できれば入手したい書籍と ・・・
あとタバコが欲しいのじゃがな ・・・ 」
博士はさっそく注文をだす。
「 あ〜〜 いいですよ〜 すみませんがメモに書いてください。 」
「 おお いいとも。 ちょっとまっておくれ ・・・ 」
よっこらしょ・・・と立ち上がると 博士は書斎にもどってゆく。
「 え〜〜 フランソワーズさんは? 」
「 ― さん はいならないわ。 」
「 え? そんな 遠慮しないでくださいよ〜〜 食料品とか どんどん言ってください。
キッチンのことはフランソワーズさんにしかわからないし ・・・ 」
「 だから。 ― さん はいりませんってば。 」
「 は?? サン ・・・ですか? それってフランスのものなんですか? 」
「 あ〜のね。 フランソワーズ で結構、 と言ったの。 < サン > っていう敬称は
いらないわ。 ムッシュウ ・ ジョー ・ シマムラ。 」
「 あは ・・・ そっか。 フランソワーズ。 でいいのですか? 」
「 はい。 」
「 え〜と ・・・ フランソワーズ ・・? ぼくも ムッシュウ はいりません。 ジョー です。 」
「 うふふふ ・・・ ごめんなさい、 ジョー。 これでいい? 」
「 はい! ね それで買い物のリクエストは? 」
「 そうね え〜〜と ・・・・ あ。 」
「 はい? 」
「 ううん、 あの ね。 買い物に行くマルシェってここから近いの? 」
「 ・・・ まるしぇ? 」
「 あ え〜と ・・・・ ああ そうそう 市場 のこと。 」
「 あ〜 そっか ・・・ 市場・・・ってか ここの地域には 海岸通りに商店街があるし・・・
駅の方まででれば大型ショッピング・モールがありますよ。 」
「 まあ そうなの?? うわ〜〜 一緒に行きたいわ・・・ いいの? 」
「 はい 勿論〜〜〜 あ あの〜〜 ぼくが荷物モチ、しますから。 」
「 あらあ 頼もしいわ〜〜 じゃあ 大急ぎで用意をしてくるわね。 あ ジョー も・・・
ジャンパーとか着たほうがいいわ。 」
すぐに・・・ と言い残し 彼女は大急ぎで二階へと飛んでいった。
「 あ そうですねえ ・・・ ぼく達は寒くないけど 今は冬だし ・・・ あ コノ前もらった
ダウン 着てゆこうっと。 うん マフラーして 手袋〜〜〜っと 」
彼もどたばたと準備をしていると博士のメモも届いた。
「 すまんが〜〜コレ を頼む。 」
「 はい。 あ・・・ 駅前の本屋にはないかも ・・・ 注文しますか? 」
「 おお 頼む。 おっと ・・・ これをもって行きなさい。 必要は物は全部買ってきなさい。 」
博士は数枚の紙幣を渡した。
「 え・・・ これは多すぎますよ〜〜 」
「 いやいや ・・・ お前や彼女が必要なもの・・・服とか靴とかにも使いなさい。 いいね。 」
「 はい、ありがとうございます。 えへへ・・ 寒いけどいい天気ですよね〜〜 」
「 そうじゃな。 ・・・ま 美人とのデート、おおいに楽しんでおいで。 」
「 で でーと って ・・・ そ そんな ぼく達はそんな ・・・ 」
「 おや それではそうなるように頑張りたまえ。 おお 美人のお出ましじゃ。 」
「 ジョー・・・・! お待たせ! 」
厚ぼったいコートを着て 彼女が階段を駆け下りてきた。
「 ( うわ・・・ダウンとか持ってないのか・・・ ) あ うん じゃあ イッテキマス〜〜 」
「 行って来ます、 博士。 ジョー ・・・ このカートを持ってゆきましょう。 」
「 ぼく 全部持てますよ? 」
「 ええ それはわかるけど。 嵩張っても、持ち難いし・・・ それにあんまり沢山持って
いたら ・・・ ヘンに思われるかも ? 」
「 あ。 ・・・ そうですね。 じゃあ コレ 持ってゆきますね。 」
「 ねえ ジョー。 わたし達、 普通にしましょ? 」
「 へ?? ふつう? 」
「 そ。 わたし達普通に会話しましょ。 敬語ナシで。 」
「 あ ・・・ そ それでいいですか。 」
「 ほら またあ〜 自然におしゃべり、しましょ。 わたし達 < 仲間 > でしょう? 」
「 あ はい ・・・ じゃなくて < うん > 」
「 そうよね〜〜 それじゃ これ引っ張って〜〜 」
「 おっけ〜〜 ・・・ でもここの坂って すごいよなあ・・・ 」
「 本当ね。 実はねえ ココを登るたびに サイボーグでよかった ・・・ってちょびっと思うの。 」
「 あ! ぼくも ぼくも〜〜 えへへへ・・・ 」
「 うふふふ ・・・ キツいものね。 」
「 ウン。 あ〜〜 車の免許、 取りたいなあ 〜 ここで暮すなら必要だよなあ ・・・
運転するだけなら たいていの車種はおっけー なんだけど。 」
「 無免許はだめよ。 そうね、あれば便利だけど ・・・ でも わたし達は・・・ 」
「 う〜ん ・・・ あとで博士とイワンに聞いてみようよ? なにか方法があるはずさ。
ちょっとズルっぽいけど仕方ないよ。 」
「 ああ そうね。 ねえ ・・・こっち? 」
「 ウン、道を渡って・・・ 地元商店街もいいけど ・・・ 今日は一応便利な
駅前スーパーに行こうか。 いろいろなもの、買うだろう? 」
「 いいわね。 ね そのうち、地元しょうてんがい も案内して? マルシェみたいなの? 」
「 まるしぇ って なんだっけ ・・・ さっき聞いたはずなんだけど〜〜 」
「 あのね この国の言葉で言えば ・・・ 市場 かしら。 」
「 いちば? う〜ん ちょっと違うけど いろんな種類の店がね、こう〜ちっこい店が並んでいる のさ。
通りを行って帰れば だいたいのものは揃うよ。 」
「 ふうん・・・ 楽しみ♪ わたし いろいろ・・・ お店を覗いてみたいのよ〜〜 」
「 はいはい オヒメサマ 〜〜〜 」
彼は大仰にお辞儀をしてみせた。
「 ほほほ ・・・ ご苦労様〜〜 」
「 恐れ入ります〜〜 はははは ・・・! 」
「 ふふふ ふふふ ・・・ 」
本来ならまだまだ二人とも箸が転がっても楽しい年頃、なのだ。 目と目を会わせ ぷっ!と
吹き出してしまった。
大型スーパーは 結構混雑していた。
「 お〜〜い ・・・! 買い物 終った? まだ? 」
ジョーは カートを側に、多少イライラして売り場の方に声をかけている。
「 う〜〜ん ・・・ トマトは こっち かな。 これってなに? な が ね ぎ?
セロリの一種かしら。 ・・・ うわ ・・・ 刺激臭ねえ〜 」
どうやら彼の言葉は全然耳に入っていないようで 亜麻色のアタマは売り場の中にどっぷり
浸りこんでなかなか出てこない。
「 ・・・ う〜〜〜 ・・・ 」
半分以上埋まっているカートを押して ジョーはとうとう売り場に入っていった。
「 あ・・・ スイマセン〜〜 あ どうも ・・・ ねえ フランソワーズってば! 」
「 あら ズッキーニ? でも随分細いわねえ・・・ き ゆ う り ?
コルニッションのことかしら。 それにしては長いなあ〜〜 ふうん? 」
「 フランソワーズ! 」
とん、とジョーは彼女の肩に手を当てた。
「 え?? あ ・・・ ジョー? ねえねえ〜〜 これ、 なあに。 」
彼の顔の前に ずい・・・っとキュウリが差し出された。
「 ??? なに ・・・って キュウリ だよ? 」
「 だから〜〜 き ゆ う り って どんな味なの? 」
「 え・・・ だって毎朝、 食べているだろ? サラダとかにして さ。 」
「 あ〜〜〜 あれ? 薄く切ってあるから ・・・コレと同じものなのね〜〜 」
「 ウン。 あ そっか〜〜 サラダはぼくの担当だもんな。
なにを買うことにしたのかい。 」
「 ええ トマトでしょう、セロリにレタス ・・・この き ゆ う り。 あ ブロッコリーも!
あと ・・・ あら? タマネギやジャガイモはここにはないの? 」
「 え?? ああ ここは緑黄野菜コーナーだろ。 根菜類はあっち。 」
「 こんさい? 」
「 じゃがいも とか たまねぎ とか さつまいも とか にんじん ・・・ 」
「 あら! それは必須よ〜〜 あ ねえ この 東洋風セロリ ってどうやって食べるの? 」
「 と 東洋風せろり??? 」
「 ええ これ。 」
白い指が指したのは 長ネギだ。
「 あ・・・ 長ネギだよ。 うん これは必須。 買うね〜〜 」
「 いいけど ・・・ ジョー、料理してくれる? 」
「 うん いいよ。 フランソワーズも、ラーメン 好きだろ? 」
「 らーめん? ええ 大好き♪ 美味しいわよねえ 」
「 日本ではね〜 ラーメンには長ネギが必須アイテムなのさ。 うん、今度激ウマな
ネギラーメン、作るよ。 」
「 楽しみにしているわね。 えっと ・・・野菜でしょ 果物でしょ。 あ あとは お肉とお魚ね。 」
「 それは〜〜 あっちだな〜 」
ジョーは満杯に近いカートをからからと押してゆく。
「 ジョー ・・・ 大丈夫? 」
「 これっくらいカルイ ・・・ あ。 いけね ・・・ う〜〜ん 重たいなあ〜〜 って顔、しないと・・・」
「 わたしも手伝うわ!ああ重い〜〜 って 顔をしなくちゃね。 」
二人は顔を見合わせ こそ・・・っと笑いあうと 大真面目な顔で一緒にカートを押し始めた。
「 う〜〜ん ・・・ ! よいしょ よいしょ・・・! 」
「 重たいわねえ〜〜 ちょっと買いすぎちゃったかしら〜〜 」
「 ほら がんばれ〜〜 あとは米とパンと卵と〜〜〜 」
「 よ〜〜いしょ・・・! 」
え へへへ ・・・ 彼女って。 なんか気さくでイイカンジ♪
フランスの美少女〜〜でさ 003でさ。 射撃ピカイチでさ。
も〜〜〜〜 ぼくなんか相手にしてもらえないなあ〜〜って思ってたけど・・・
えへ・・・♪ この笑顔、かわいいなあ〜〜
うふふ ・・・ 彼って。 優しいだけじゃないのね、頼りになるし。
さり気無く庇ってくれたり ・・・ やっぱり009なんだわ〜〜
年上の女なんて興味ないんだろうなあ〜って思ってたけど
うふ ・・・♪ さわやかで いいかんじ♪
なんのコトはない、 お互いに うふふ えへへ な上機嫌となり ― 009と003 から
どこにでもいる若いオトコノコとオンナノコの 雰囲気になっていった。
ガラガラガラ ・・・・ 満載の買い物カートを引いて急坂を登る。
「 ・・・ ふう〜〜〜 いやあ さすがに ・・・ この坂はさ・・・ 」
「 ええ ・・・ ここはねえ ・・・ やっぱり車 欲しいわよねえ・・・ まずは自転車かしら。」
「 そうだね あ バイクもいいかも・・・ もう少し〜〜! 」
「 うう〜〜〜〜ん えいや! 」
二人が 本気を出したので、なんとか無事に買い物の山は邸内に到着した。
「 ・・・ふぇ〜〜 ・・・ これで 収納、 終わりかなあ・・・ 」
「 えっと ・・・ 冷蔵庫 おっけ〜 冷凍庫 おっけ〜。 食料庫 おっけ〜。
あとはバス・ルームと クロークと ・・・ 」
「 ああ それはぼくが持ってゆくよ。 ペーパーとかトイレ用品もね。 」
「 ありがとう ジョー。 ね ティ−タイムにしましょ? ジョー なにを飲む? 」
「 え ・・・ あ〜〜〜 コーラ。 」
「 コーラ?? 夏じゃないのに?? 」
「 ?? べつに夏じゃなくても飲むけど?? 」
「 ・・・ 清涼飲料水 買ってこなかったわ。 」
「 あ ・・・ じゃあ ・・・ コーヒー。 」
「 了解♪ さっき買ったロール・ケーキ、食べましょうよ。 」
「 わあ いいねえ〜〜 あ 博士も呼んでくるね。 」
「 お願いね。 ふんふんふ〜〜ん♪ 博士は紅茶ね、きっと。 そうそうイチゴジャムも
買ってきたから〜〜 」
フランソワーズは上機嫌で買ってきたばかりの紅茶をジャムを取り出した。
「 あ〜〜 美味しかったあ〜〜〜 」
ジョーは満足の溜息をつき、カップを空にした。
「 うむ うむ ・・・ ロシアン・ティー もなあ ほんに久しいなあ〜〜 うん ・・・ 」
「 うふふ ・・・ お気に召しました? よかった〜〜 美味しそうなイチゴジャムだったし。
ね このケーキ、美味しかったですよね〜〜 」
「 うん♪ ぼく、こういうの、初めて食べたよ〜〜 フルーツいっぱいで美味しい〜〜♪ 」
「 うむ うむ ・・・ ケーキも美味しかったぞ。 二人とも重たい書籍をありがとうよ。 」
「 あ ・・・ ちゃんとメモと合ってましたよね? 」
「 ああ 勿論。 探してくれて助かったよ。 電子書籍でも読めるのじゃが・・・
ワシはやはり紙媒体の方が読み易くてのう ・・・ 」
「 わたしもですわ。 駅前にね、結構大きな書店がありましたの。 」
「 ほう? 今度散歩がてら行ってみよう。 」
一足先に ・・・と 博士はそそくさと席を立ち書斎へ引き上げた。
早く書籍に目を通したいのだろう。
「 ふふふ ・・・ 博士って相変わらず ね。 」
「 ウン、重かったけど頑張って持って帰ってきてよかったよね。 」
「 そうね。 あ ジョー、 コーヒー おかわり、する? 」
「 あ〜〜 もう充分さ。 ・・・ オヤツ・タイム、楽しかったな。 買い物も・・・ 」
「 オヤツ? ・・・ ああ ティー ・ タイム のスウィーツのことね。 」
「 うん。 あ あのさ? 」
「 なあに。 」
「 ウン あ・・・ あの さ。 こんど・・・もうちょっと遠出してみないかい。
大きな街でさあ 服とか靴とか ・・・ ショッピング しようよ? 」
「 え??? い いいの? 」
「 いいさあ〜〜 だってスーパーにはオンナノコが好きそうな服とか靴とか ・・・
ないだろ? それにね コートとか・・・軽くてあったかいの、あるんだ。 」
「 うふふ ・・・ オトコノコの好きそうな服も ・・・ なかったわね? 」
「 あは♪ そうなんだ〜〜 だから さ。 ヨコハマ、行こうよ! 」
「 うん♪ 」
「 じゃ 指きりげんまん♪ 」
「 ゆびきり?? げんまん?? 」
「 そ。 日本の約束の印さ。 ほら ・・・ 小指 だして。 」
「 ??? 」
ジョーはすい、と彼女の前に小指を差し出した。
「 こうやってね〜〜 ゆびきりげんまん〜〜 ウソついたらはりせんぼん の〜ます! 」
「 ??? なんだかよくわからないけど ・・・ 楽しそう。 ・・・ の〜ます! 」
― 指きり だ〜〜 指きり♪ うわ〜〜い〜〜〜
ジョーはもう有頂天に近かった ・・・
冬晴れの日、 古い港街には冷たい風が吹いていた ― けど。
しっかりダウンやらオーヴァに包まって 人々は闊達に行き交っていた。
・・・ しまったなあ・・・ オンナノコのショッピングって さあ ・・・
ジョーは引き攣り気味の笑顔で 大人しく・我慢強く。フランソワーズの後を着いて歩いた。
「 服とか ・・・ そのう、ぼくにはよくわからないから。 きみ、好きな店に入って・・・ 」
有名なショッピング・ストリートの入り口で ジョーが言った。
「 え ・・・ でも わたしも ・・・ 」
「 大丈夫さ。 買い物は世界共通、だろ? それにここいらの店の店員さんはね
外国人に慣れているから ・・・ きみがいろいろ聞いても平気だよ。 」
「 あ そう?? でも一緒にいてね、ジョー。 側にいて・・・ 」
「 はいはい オヒメサマ。 」
「 うふふ ・・・ メルシ♪ じゃあ 行きましょ。 」
「 ウン ( うわお〜〜♪) 」
するり、と細い腕がジョーの腕に絡まってきた。
うひゃあ〜〜 こ これじゃ 彼女連れのカプ じゃん♪
・・・ ま いいや ・・・
や〜〜〜い ぼくの彼女〜〜〜 こんなに美人♪
ジョーは びろ〜〜ん・・・と鼻の下をながくして ( 多少ぎくしゃくしつつ ) 彼女と連れ立って
大きな通りを歩いてゆく。
・・・ 初めは順調な滑り出し、だったのだが。
「 ア ここ ・・・ かわいい〜〜♪ 」
「 あれ あの靴 いいわね〜〜 」 「 あ ワンピもみたいわ〜〜 」 「 可愛いセーター♪」
などなどなど ・・・ 可憐な声と一緒にジョーはず〜〜〜〜っとお供をするハメになり。
「 う〜〜〜ん やっぱりさっきのにするわ。 ねえ 戻りましょう。 」
「 もどる? 」
「 ええ さっき・・・ほら 三軒目に寄ったお店のが いいわ。 え〜と。 こっち ね。 」
「 ・・・ ここで待ってる。 」
「 え?? 」
ジョーはついにはっきりそう宣言して 立ち止まった。
「 ここで荷物持ってまってるから。 きみ さ 自由にショッピングしておいでよ。
位置はだいたいわかっただろ? 」
「 え ・・・ジョーは。 どうするの。 」
「 ぼく? ここでまってるさ。 ほら・・・あそこにベンチもあるし。 」
「 ・・・ いいけど ・・・ 寒くないの? 」
「 ダウン ・ ジャケットだもん、平気さ。 そこの本屋にいるかもしれないけど・・・ 」
「 わかったわ。 できるだけ急いで買ってくるわね。 」
「 急がなくていいよ。 ぼくのことは気にしないで・・・ 」
「 メルシ ジョー。 」
ちゅ ・・・ 小さなキスを落として 彼女はひらひら・・・解き放たれた小鳥みたいに
石畳のショッピング・ストリートを歩いていった。
うわ〜〜〜ぉ ・・・・! うへへへへへ・・・・
ちゅ♪ だって〜〜 へへへ ほっぺたが熱いよ〜ん
ジョーは でれ〜〜・・・っとした顔で <小鳥さん> を見送った。 しっかし。
ふうう〜〜 ・・・ やれやれ・・・
オンナノコの買い物ってば ・・・〜〜
ま いいや。 本屋でまったり立ち読みしよう〜〜っと
ショッピング・ストリートに面した本屋には 荷物持ち要員とおぼしきオトコ達が所在なさ気に
立ち読みをしている姿があちこちに見られた。
ジョーも早速 仲間入り ・・・ なのだが。
ふ ふ〜〜ん♪ ぼくはさ、ただの暇つぶしじゃないもんね。
美人のカノジョを待っているのさ〜〜 うっふっふ・・・
端からみれば ナゾの余裕感 を漂わせ、彼は書籍のコーナーに向かった。
「 ねえねえ ジョー! 」
立ち読みに没頭していたジョーの背中を 誰かがぽん、と叩いた。
「 ・・・ はい? どちら様で・・・ ああ フランソワーズ・・・ 」
「 はい フランソワーズです。 お待たせしました。 」
彼の目の前には彼女がにこにこして立っていた。
??? あ れ ・・・?
なんか さっきとちがう??
う〜〜ん ・・・ 印象、っていうかムードが違う みたい・・・
なんか ・・・ こんなにきらきらしてたっけか??
ジョーは目をぱちくり ・・・ じ〜〜っと彼女を見詰めている。
「 な〜に ジョー? わたし、顔に何か付いてる? 」
「 え?? あ い いや ・・・ ただ なんかこう〜〜 きらきら ・・・ 」
「 きらきら?? この店の照明の加減じゃない? 」
「 え ここ?? 」
ジョーは いわゆる普通の書店の中をぐるり、と見回してしまった。
「 ね それよりも。 これ。 読んでください。 お願い。 」
「 よむ・・・? 」
一枚の紙片が差し出された。 なにかのパンフレットかお知らせか・・・
「 あのね、 そこに裏にね バレエ・ショップがあったの。
そこでみつけたのよ! オーディション でしょ? この字! 」
ぴん、と白い指が紙面を指す。
「 え ・・・ あ〜〜 うん。 ・・・ 読むからさ、ちょっとどこか座れるところに行こうよ。
お茶でも飲みながら ・・・ 」
「 そう? 嬉しいわ〜〜 どこかジョーがお勧めのところに連れていってください。 」
「 あ〜〜 ぼくもあんましよくわかんないなあ〜〜 ・・・ マックでもいい? 」
「 ??? まっく??? お茶 飲める? 」
「 うん、 コーヒーとか安いよ。 ・・・ 味は まあ ・・・ そんな味だけど。 」
「 いいわどこでも。 とにかく これ! 読んでください。 」
「 了解〜〜 」
ぺこり、とお辞儀をした彼女が またなんとも可愛いらしくて。
ジョーは勇んで彼女連れで ファースト・フード店を探した。
・・・ せっかく港・ヨコハマに来たのにねえ ・・・ ジョーくん・・・
「 ・・・ 以上です。 ・・・ これでいいかなあ。 」
「 ん〜〜〜 わかったわ。 ちょっと待っててね〜〜 」
ファースト・フードの店のすみっこの席で 二人は色違いのアタマを寄せ合い ぼしょぼしょ・・・
やっていた。
ちょっと見には 恋人同士がいちゃくちゃしている・・・風に見えなくも ない けど。
二人は大真面目の真剣そのもの ―
ジョーは注意深くひと言ひと言、パンフレットを読み上げ フランソワーズは真剣な表情で
じっと聞き取り そして手元の紙に母国語でメモをしていた。
「 ・・・ ありがとう〜〜 ジョー! 助かったわ〜〜 」
「 いや ・・・ 読んだだけだから さ。 あ〜〜〜 でもさ、 自動翻訳機って。
結構不便だよね。 」
「 そうねえ ・・・ おしゃべりするだけならかなり使えるけど・・・ 読んだり書いたりには
全く機能しないから ・・・ ああ! わたし、ちゃんと日本語の勉強 するわ! 」
「 ぼ ぼくは ― 翻訳機ナシでもきみの言葉が解るようになりたい ・・・ 」
「 あら 嬉しいわ♪ ね、それじゃ一緒に勉強しましょ。 楽しいわあ〜〜〜 」
「 ・・・ きみってすごいねえ・・・ 」
「 なにが? ああ このオーディションのこと? 」
彼女は笑顔のまま、たった今、ジョーが読み上げた紙片を広げた。
「 あ ・・・ あ〜〜〜 それもあるけど。 なんていうか ・・・ 」
「 ??? これ ・・・ 受けてみたいの。 」
「 これ・・・って このオーディション? つまりは東京のバレエ団が募集してるってことだろ? 」
「 そうよ。 オーディションっていうのは ・・・ 一種の就職試験なの。
わたし達ダンサーはそれに合格して そのバレエ団に所属できるのよ。 」
「 ふうん ・・・ わたし達 って ・・・ あ そっか。 きみはずっと ・・・ 」
「 ええ。 ずっと ・・・ それを目指していたわ。 将来はバレリーナになるって決めてたの 」
「 ・・・ そうなんだ? それで ・・・あの時 パリで 」
「 そうね ・・・ あれは クリスマスの夢だったって思うようにしていたの。
もう ・・・ ムカシのわたしとは違う存在になってしまったのだから ・・・
同じ夢は ・・・もう 見られないんだ ・・・って ・・・ 」
ぽとん。 大粒の涙がテーブルに落ちる。
ジョーは その水滴を見た途端に 言い様のない怒りがむらむらと込み上げてきた。
「 そ! そんなこと ・・・! そんなのってあんまりだよ! 」
「 ・・・ でも 現実は そうだもの。 」
「 け けど! 」
・・・! なんだって彼女が 泣かなくちゃいけないんだよっ??
え!? 彼女がなにをしったってんだ??
ず〜〜〜っと一生懸命 努力してきただけ じゃないか!!
な なんの権利があって あんなコト したんだっ!?
― この時、 ジョーは BGに対して初めて 感情的に怒った。
身体の内側から全身を焼き尽くすがごとき激しい怒りが こみ上げた。
それも自分自身のため じゃなく、 全くの他人のために。
ぼくは 許さない。
・・・ ああ そうか。 皆は こんな感情を持っていたのか ・・・
一番最後に改造され混乱の極みの中 事態だけがどんどんと進み とりあえず生きるために
< 敵 > を殲滅し ― やっと一息ついた、 と思っていた。
また 以前と同じ ・・・ いや 彼自身にとっては以前よりも格段に < 嬉しくて・楽しい >日々
が続いてゆくのだ、と単純に思っていた。
だけど。 ― 実は そんな甘いモノではなかったのだ。
そっか・・・ ぼくは ぼく達は もう・・・普通の人間 じゃない ・・・ んだ ・・・
「 でもね。 」
「 え?? 」
呆然としていたジョーに フランソワーズは涙をぬぐって柔らかく笑いかける。
「 でもね。 バレエ・ショップに寄って このパンフみて ― やっぱりやめられないの。 」
「 ・・・ え? やめられない ・・・って バレエ ? 」
「 それもあるけど・・・ そうね、 夢を追って生きてゆくこと、かしら。 」
「 そうだよ! きみはね やるべきだ。 」
「 え ・・・ 」
「 これ ・・・ 挑戦しなよ! それでまたバレエやればいい。 やるべきだよ! 」
ジョーは とん、と広げた紙を叩いた。
「 そ ・・・ そんなに簡単なことじゃないのよ ・・・ ず〜〜〜っとレッスンもしてないし。
それに ・・・ もう ・・・ わたし ・・・ 」
「 きみは! 普通の女の子さ。 夢を追う、19歳のオンナノコ だよ!
だから ― 頑張りなよ〜〜 ぼく ・・・応援する! ぼくにできること、言ってくれよ。 」
「 ・・・ ジョー ・・・・ ジョーってば ・・・ 」
ず〜〜っといつでもどちらかというと無口で にこにこ・・・他人に話しの聞き役に回っていた
彼が 今、熱弁をふるっている。 頬を紅潮させ かっきりと彼女を見詰めて ・・・
「 なんかさ・・・悔しいじゃないか。 」
「 悔しい? 」
「 ウン。 BGのヤツら ・・・ 叩き潰したけど ・・・ このままじゃ、ぼく達、負けっぱなしだ。
負けっぱなしの負け組 だよ! 」
「 ・・・え? 」
「 ヤツらに本当に勝つには さ。 ぼく達が その ・・・ サイボーグ にされても
がんがん生きてる! 夢を追ってびしばしやってる! ってことを見せ付けることだよ。 」
「 がんがん・・? びしばし・・・? 」
「 そ! だから! きみはそのオーディションに挑戦する! そんでもって ぼくも!
ぼくもきみに相応しい・・・ あ〜〜っとぉ つまり その・・・ ナンだなあ〜〜 えっと・・・
あ! そう! きみに負けないように頑張る! 」
ジョーはすっく! と立ち上がり宣言した。
うわ ・・・ どうしたの〜〜 この坊や ・・・
うふふ ・・・でも可愛いわあ〜〜
・・・若いって いいわねえ〜・・・
フランソワーズは ほんのり心が温まってきた。
「 ・・・ つまり ・・・わたし達が不本意ながら置かれた境遇に屈することなく
常に意気軒昂に己の希望を成就すべく精進せよ ってことね。 」
「 ・・・ へ? 」
インテリ ・ パリジェンヌの発言は 平成ボーイには理解できなかったようだが・・・
まあ 彼が言いたかったことは確実に彼女にも伝わったらしい。
「 メルシ〜〜 ジョー。 勇気が沸いてきたわ〜〜〜 ちゅ♪ 」
「 う うひゃ〜〜〜あ 〜〜〜 」
またまたほっぺに ちゅ を貰い、 ジョーは完全に舞い上がった・・・
「 ・・・っと。 これでいっかな〜〜〜 お〜〜い フランソワーズぅ〜〜〜? 」
ジョーは音響の配線を終え、階上に声をかけた。
あの日 ヨコハマで二人して < 決意表明 > をした。
帰宅すると ジョーはさっそく レッスン室 の整備にかかった。
「 あの さ ・・・ 白状するけど。 ぼく ・・・ バレエって全然知らないんだ。
テレビでちょこっと眺めたくらい でさ。 だから必要なもの、教えて欲しい。 」
「 まあ 本当に いいの? 」
「 ウン。 教えてください。 」
「 ・・・ じゃ レッスン室。 そんなにだだっ広くなくていいの。
ただ 壁の一面には鏡が欲しいの。 あと・・・固定バーが無理なら移動バーが一本 ね。 」
「 鏡 かあ ・・・ あ。 地下のロフト、一つくらい空きがあるよ 〜〜
鏡は ・・・ うん 博士に相談してみる。 」
「 え ・・・ 博士に? そんな ・・・ ご迷惑じゃ・・・ 」
「 いい〜よ〜〜 大丈夫 歓んで協力してくれるさ。 イワンに頼んでもいいし。 」
「 イワンに?? 鏡 なんてみたこと あるかしら。 」
「 あは・・・ そうだね 赤ん坊には無縁だね。 」
ふふふ ・・・っと 小さなことでも二人の笑いのモトになった。
ジョーはどんどん準備を進め ・・・ 音響の機器まで設置したのだ。
「 は〜〜い ・・・今 行くわ〜〜 ありがとう、 ジョー 〜〜 」
とんとんとん ・・・ 軽い足音が響いてきた。
わ・・・♪ 彼女〜〜〜 来るよ〜〜〜
バレエの稽古用の服ってさ ・・・ あの水着みたいのだろ?
うひゃあ〜〜〜 ばっちり身体の線が出てさあ〜〜〜
胸元とか がび〜〜〜ん と開いててさあ〜〜〜
それに 脚! 脚もさ こう〜〜〜むき出しだよなあ〜〜
うわ うわ うわ〜〜〜
ドキドキ ・・・ ジョーは前髪の影で自分自身の心臓の音にどぎまぎしていた のであるが。
「 お待たせ しました〜〜 」
「 あ ふ ふらんそわーず ・・・・ぅ ??? 」
「 あら〜〜〜 ステキ♪ きゃあ〜〜〜 鏡〜〜〜 一面全部ね♪ 」
「 ・・・ あ ああ ・・・ ウン ・・・・ 」
はしゃぐフランソワーズを ジョーは呆然と眺める。
・・・??? だ だって ・・・ バレエの稽古、するんだろ???
じょ ジョギング とか らじお体操 とか じゃ ないよね?
「 バーもイイカンジ。 うふ ・・・ 懐かしいわあ〜〜 」
移動バーに そっと手をのせ ・・・ 感慨に耽っている亜麻色の髪の乙女は ―
スウェットの上下の上に さらにウィンド・ブレーカーを着て 脚には毛糸のもこもこ長靴下・・・
みたいなモノをはめて 髪は一つに結び首にタオルを巻いていた。
わ〜〜〜〜ん ・・・ 水着みたいの じゃないのぉ〜〜〜???
― やっぱり世の中は そうそう甘くはない ・・・ のかもしれない、 と 島村ジョー君は
改めて溜息をついたのだった。
Last
updated : 21,01,2014.
index
/
next
********* 途中ですが
え〜〜と 一応 『 フランちゃん、 お誕生日おめでとう 話 』
のはず・・・です。
この雰囲気だと どうしても平ゼロ設定、 ですな。
< 島村さんち > に辿りつくまでにはまだまだまだまだ・・・デス♪